(写真:夫と小太郎)  書いてる人:ライラ


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カテゴリ:独り言( 76 )

夢が叶う

夕飯の買い物の帰り道、銭湯の横を通り過ぎました。

昔、子どもの頃、両親に連れられて銭湯に行ったときの事を思い出しました。

銭湯って気持ちいいんだよなぁ。
うちもお風呂壊れたりするときがあったら、銭湯行きたいなぁ。
と、思った瞬間、"家族"の映像が浮かんで来ました。

私たちの子どもが銭湯を経験する、という。
私が子どものときに経験したあの銭湯の感覚を思い出し、そこに母がいたことを。

なんだか、涙が出てきました。

ずっと子どもを諦めることに一生懸命過ぎて、今回の妊娠も、出産準備としてするべきことは決まっているので、するべきことをしていましたが、妊娠自体に関して「待望の赤ちゃんが授かった!」という幸福感も、達成感も感じていませんでした。

自分が妊娠するなんてとうに諦めていました。
一生懸命諦めた自分を褒めてあげて来ました。この気持ちは一番他人や家族には理解してもらえなかった部分です。だから、逆に今になって妊娠した自分を自分で受け容れがたかったのかもしれません。

結婚したら、当たり前に授かるように思っていた子どもが授からない時にぶつかるそれぞれの壁。その壁の乗り越え方は夫婦それぞれ、個人それぞれのものですが、こんな風に子どもが授かったら、私はあっという間に壁の外に放り出されたような寂しさがありました。
「この壁の内側にいなくてはいけないなら、一生懸命そこを居心地よくしよう」とした私の生活がそこにあったし、そこで築いた自分の居場所はもう壁の向こう側です。

もちろん、戻りたいわけではないけれど、戻れない寂しさ。
ずっとそれを引きずっていました。
だから、母親教室でもほかの人との温度差に戸惑い、周りに「おめでとう!」「幸せのおすそ分けをしてよ!」なんて言われても、よく分かりませんでした。

でも、そんな壁にぶつかることを知る前は、結婚を決める前から、二人で欲しい子どもの数を教え合い、子どもの名前を5人分も考える夫婦でありました。子どもが授からないなんて考えてもいなかった。
「そうだ。私はずっと子どもが欲しくて、今その子がお腹の中にいるんだ」
と、(いまさらですが)やっと実感したようです。涙が出ました。
本当なら、みんなそういうつもりで体外をがんばるものなのに、私は養子へ進むためのステップとしての意味合いの方が強かったせいでしょう。「妊娠したい。子どもが欲しい」という理由だけでは何もがんばれなかった情けない私。

でも、前に進まなきゃね。
これからは前進あるのみだなぁ・・・。多分、立ち止まるヒマも、振り返るヒマもないんだろうな。頑張らないとね。母ちゃん、頑張るよ。こんな情けない私でもやってきてくれた君のために。

やっと、この子を迎える心の準備が出来たような気がします。
私の長年の夢が叶いました。幸せです。
と、素直に自分の妊娠を喜べる気がします。
この子のおかげです。

まだ夫とも泣けていません。
夫と一緒に泣けたときが、本当にその壁を卒業する時と思いますが、産まれる瞬間までは多分夫とは泣けないかな。

壁なんて本当はないのかもしれないけど。
それでも、私はたくさんの人を知っています。
でも、壁は子どものことだけじゃないから。人生でぶつかる壁なんかほかにもいくらでもある。

でも、幸せはどこにでもあります。壁にぶつからないで進むことがゴールじゃないし。
壁がいくらあったとしても、そのすべての人にそれぞれの幸せがあるはずです。

幸せの形を間違えていれば、それは子どもがいようがいまいが、同じこと。
これからも、自分が今いる場所を精一杯居心地のよいものにしていく作業を続けるのみです。幸せの積み重ねで、この子の人生をスタートさせてあげなくちゃ。幸せな不妊期間、幸せな妊娠期間、幸せな出産。

中秋の名月は昨日でしたが、天文学的には満月は今日だそうです。
私の気持ちもやっと真ん丸になりました。

またここからの満ち欠けが大変でしょうが…(笑)。

一つのきっかけとして忘れないように。




今日は秋分の日。
な~んにもしない休日でありました。夫も疲れている様子。
朝にフレンチトースト、昼にカツカレー(半分)、夜はクラムチャウダーと洋食チックな一日。
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by XXhousewife | 2010-09-23 23:49 | 独り言

SOSが聞こえる

ちょっと気になることがあったけれど、誰が読むか分からないので書くのはやめておく。

ただ、別に最近のことではないけれど、どこかしら痛そうにしている人によく出会う。
自分の身辺の変化もあって、人に会う機会が増えただけだろうとも思うけれど。
「痛み」の発し方も人それぞれで、もちろん誰かの目から見たら、私も何かしら「痛い人」に見えるのかもしれないし、そういうのは自分では分からないもんだろう。

その都度感じる自分の無力感にも少しばかり慣れてしまっている自分もいる。

私なんかには何も出来ない、とよく分かっている。
傲慢を承知で言うなら、そうやって言い聞かせて来なければ、「何かできることはないだろうか」と思ってしまう人間だったし、昔は何とかできるんじゃないかと本気で思っていた時もあった。
「自分が救えるのは自分だけだな」と気づくようになったのは、つい最近だと思う。

それでも、痛そうに辛そうにしている人に出会うと感じてしまう。
「もう少し、ほんの少しでいいから、何かをさせてもらえるチャンスをくれないだろうか」と。別に私でなくてもいい。誰か、どんな誰かでもいいから、ほんの少し。

人に迷惑をかけないこと、迷惑をかけることを恥と感じること。

それも大事なことだけれど、だからといって自分一人の世界に入り込んで他人の介入を許さないことは違う。心を許す他人を知っている人からは、そういうオーラは感じない気がするからだ。
「迷惑をかけちゃいけない。」「こんな自分は許されない。」そう思っている人はどこかで息詰まっていて、気づかないうちにSOSを発している。

そんな気がする午前1時前。




寝よ。


"どこもかしこも泣いている人間ばかりではないか。
みんながSOSを発信してる。けれど、耳を塞ぐほかない。
なぜなら私は何も出来ないからだ。無力感が空から降ってくるのだとしたら、私はもう全身が浸かって、溺れる寸前だ。"
(伊坂幸太郎『SOSの猿』)

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by XXhousewife | 2010-09-18 00:56 | 独り言

あこがれのブログ

ブロガーと言われる人たちが登場して、本を出したり、色々ご活躍でありますが、私は別にそーいうのを目指してブログ書いてるわけではないので、どーでもいいんですが、時折「なんでこんなところでこんなこと書いてんのかな」という自覚はございます。

なんのためかと言われれば、自分のために他ならず。

「去年の今頃何をしてたかしら?」みたいな時に、ほほう、と思うこともあれば、何かあったらしいんだけど全く覚えていない、ということもあり、「当時は深刻に思えた悩みも、数年経てばそんなもんか」と未来への糧とすることもあります。

そんなもん、日記でいいだろう。と何度も思いましたが、不思議と日記は続かないんだよねぇ。やっぱり誰かが見てる、という程よい刺激がいいのかもしれません。後、自分の汚い字を見たくないし、その点ブログなら気に入ったスキンで、キレイな文字で読めるってのがポイント高いっす。

でも、最近料理のレシピ検索などの機会が増えていますが、本当にオシャレに暮らしてて、ブログも素敵にまとめられている人がいるもんだな、と感心します。


ただ、私のあこがれのブロガーをあえていうなら、この方

ホームベーカリーの話、最高。





※お昼に約束したお客さんが来ませんがね。
ランチも作ったによ。「昼過ぎになりそう」っていうメールは来たんだけども。
11時過ぎの約束が昼過ぎと言われたら、それは一体何時なんだろうか。
…ま、いいや。おかげで掃除も出来たし。

ヒマですわ。
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by XXhousewife | 2010-09-16 14:10 | 独り言

好きでいること

笑うつもりがなくても、口角をあげていれば楽しい気分になる。

それと同じで、「好きよ」と言い続けていれば、その気持ちが本当にもなる…こともあるかもしれない。もちろん、嫌いな人間を無理やり好きになれ、ということではなく。

頭に来てたり、腹が立ったり、でもそれがあまりうまく言えないときに、じ~っと相手を見て考えたりしてると、向こうも「なに?」と聞いてきたりする。そんな時に、不平不満を言う代わりに、「いや、好きだなぁと思って」と返したりしてた。

別にうそをついているわけではない。
「こんなに頭に来てたり、腹が立ったりしても、これから一緒にいるんだから、私はこの人が好きなんだろうなぁ」と思っていたから、それをすごく短くして「好き」の部分だけ伝えた。というか、もうそれ以外道がない感じだった。

結婚して、最初に否定的な感情を先にぶつけたのは私の方だったから、反省もしてる。
それがどんなに正しく思えても、相手にとってそれが相手を否定するものであれば、返ってくるのは否定的な感情でしかないのは当たり前だ、と気づいたのはそれからだった。

それを数年続けていたらその内に、腹が立つことや、不平不満に思う場面は減ってきて、「好き」というのだけ残ってきた。去年を境に夫はすごく変わって、今も少しずつの変化を見せてくれている。すげぇなぁ、と思うし、同時に、人間、ポジティブな感情に囲まれている中にいないと変化に踏み出せなかったりすることもあるんだと知る。もし、私だったらそうだから。
つまり、夫も私に対してそういう環境を作ってくれていたことにもやっと気づいた。


だから、というわけではないけど、好きな人には、私が好きであることを分かっていて欲しい。家族でも、友達でも。私の感情が誰かを制限するような(ネガティブな)ものとして相手に伝えたくない。

別人格である限り違いはあるし、意見が食い違うこともあるし、すれ違うことだってある。
でも、それと好き、嫌いは別。

どんなにある点において意見が食い違ったとしても、感情論は別にしても一生付き合い続ける家族のことは好きでいたいし、好きな友達には嫌いだと思われたくは無い。
嫌いな人とは付き合わなければいいだけの話しだし。そこに感情のやりとりをする必要はない。

他人とは自分の意見や主義主張を通すことよりも、出来るだけ仲良くうまく付き合っていく方が幸せだ。芯のある人、というのは皆、他人に何かを強要したりしないのだ、と沢山の芯のある人が教えてくれる。


私はそれをすぐに実行できるほど、芯のある人ではないけど、できるかぎり、「私はアナタが好きです」という気持ちをベースに人と接していきたい。
相手がどう思っているかは分からないけど。それは私の問題じゃないので気にしないようにして。

でも、嫌いな人というのは確実に存在するので、そこは見極めないと気持ちが消費しちゃうから。「嫌いな人がいてもいい」と思えるようになったのも、最近の話。

思春期にずっと衝突していた父親とのことが解消されて、父にも「好きよ」と言えるようになった。
多分、母にももうすぐ言えるようになるだろう。


一つは、小太郎が教えてくれたこと。
一つは、吉井さんが教えてくれたこと。
一つは、大野君が教えてくれたこと。
ここまで来れたのも、これからやっていくことも、今まで出会ったすべての人のおかげさま。


私の三十路は「和」を学ぶためにあったよう。
人との平和、心の平和。



まだまだ行きつ戻りつではあります。
あとちょっとで39歳。不惑の四十まで後一年。

最近、もともとの自分に戻っていくような感覚があった。
子どもが出来たことをご褒美のように感じて舞い上がって、今まで感じたことのすべてを忘れないでいることこそが、今回のイベントの宿題なのかもしれない。

多分、嵐のライブにも吉井さんのライブにも行かなくなるだろう。それは私が選ぶ変化。
でも、私はずっと嵐が好きで、吉井さんが好きで。その気持ちに誇りを持っていることは忘れないで。家族に対しても、友達に対しても同じように。「好きよ」という言葉をいつでもまっすぐ言えるように。
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by XXhousewife | 2010-09-12 22:06 | 独り言

自覚

どうも私は馬鹿にしていたみたい。

そんなつもりはなかったのだけど。
それが断り方にどこか出ていたのかも。
「またそんなこと言って」とか「何言ってんだ」とか。
心の隅で思っていたな。

人を理解するとか、人を認めるというのは結構大変な話で
それでも大事なことだけど

そこばっかりだと、誰かを嫌いになったり、嫌な思いをしたときの理由は
全部他人にあることになるんだな。

理解できない人、認められない人の言うことは素直に聞けない。
それは、その人が理解できる、認められる行動をしてないからだ、と。

自分の無知や、自分の欠けている部分には目を向けないで
自分が知らないだけで、その人はそれなりに理にかなっていることを言っていても
自分が知らないから、気づかない自分に気づかない。

そういう"拒絶"を相手に押し付けておいて、相手が自分との違いを尊重してくれないと嘆く。

そんなことを今まで何度やってきたのかな。
恐ろしい。


同じく断るにしても、その理由がちゃんと自分の中にある時と
その理由を他人の中に見つけている時じゃ、相手に与える印象はずいぶん違うんだろう。

気をつけようと思いました。


自分の無知と未熟さをちゃんと分かっていれば、もっと素直にお互いに通り過ぎることができる場面が増えるはず。
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by XXhousewife | 2010-08-29 22:16 | 独り言

親離れ

一つだけ何かが「抜け」ました。

多分、千も万もあるだろう内の一つなので、些細なことですが。
自分の中にある「思い癖」のような、パターンの中で繰り広げられる物事を複雑に悪い方に考えてそれをセルフイメージに取り込む作業をしていましたね。

いけませんね。

やっとシンプルに、「遠慮してただけか」とか「心配してんだな」とか。
すっきりした頭で受け止めることができました。

あの作業から抜け出せて、良かった。
Sちゃんのおかげ。ありがとう。


少し振り返れば、すべては自分だけの頭の中の出来事で、自分だけの問題だったと分かるのに、ドツボにはまると何も見えなくなってるんだなぁ。

怖い、怖い。

「手放す時」が来てて、今はいいチャンスなのだと、しばらくこのことはただ通り過ぎて忘れてしまうのではなく、意識して過ごそうと思って、ここに書いてみる。

親離れ、なんて今更恥ずかしいだけだけど。
実際そうなのだから、現実は受け入れないと。


CSで映画「ハイ・フェディリティ」が放送されてて久しぶりに見た。
面白かった。これはDVDで欲しいくらい好きな映画の一本。
音楽オタクの青年の葛藤恋愛映画(笑)。


少し抜けると、空気も動き出して、こういう映画が飛び込んできたり、音楽が耳に入ってきたり、そういう"よいこと"が起るけど、停滞してる時は自分が世界に置き去りにされているかと勘違いしてしまいそうになるくらい何も見えてないし、聞こえてないんだな、と思う。
それを"孤独"と勘違いしてしまうんだ。

自分の感性が鈍っているだけのことを、人や環境のせいにするな、と茨木のり子さんが詩ってことを思い出した。子ども時代の経験、親との関係、それは私の人生に大きな影響ではあったけど、もう大事なのはそこじゃない。四十前に言ってる時点で遅すぎる話だけども。


何べんも繰り返しているはずのことなんだけどね。


私の周りの人は聞きあきている話だとも思う。
恥を承知で。


これから大事なものが増える時。
いつまでも古いものを抱えたままじゃ、本当に大事なものを守れない。
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by XXhousewife | 2010-08-26 00:23 | 独り言

まだまだ修業中

不満というのはあまり口にしない方がいいんだな。

ということを実感している。
かといって、言わずにいられるか、という元来の性格もあるので面倒ですが。

自分の不満を正当化する理屈も揃っているような気がするし、言って分かってもらいたい気もするけど、それがどれだけの解決になるか、という多分分かる人なら遠の昔に分かっているだろうことを、今更理解しかけている感じ。

相手の態度を見て、「なんでこうなんだろう?」とか「何をもってそういうことを言っていい、やっていいと思うんだろう?」と思うことは時折あるけれど、その裏側には「私はそういう時こうしてるのに」とか「私はこうしたのに」とか言うことがあって、結局その不満を口にした時に、伝わり方がおかしくなる時が多い。

「そういうことをしないでください」

ということだけならシンプルなのに、「なんであなたはそうなの?」とか「私はこうしてるでしょ?」みたいなメッセージが含まれちゃうと話がこじれてくる。

そういう面倒くさい場面を嫌と言うほど作って来て、今やっと"やり過ごす"ということを練習中。


相手にしてもらえなかったことを数えるのではなく、してくれたことを忘れないでいること。
相手がどういう態度で出ようが、自分がした行動には自分で価値を見出すこと。


今はまだ胸がもやもやするし、100%ではないけど、「仕方ないなぁ」と苦笑して通り過ぎることができるようになりたいもんです。



…前にもこうやって反省した気がするなぁ(笑)。
なかなか身に付かない、ってことでご容赦。
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by XXhousewife | 2010-08-09 09:45 | 独り言

無題

髪を15センチは切ったかな。

予想より短くなったけど、別にいい。伸びるから。

ただ、すごい久しぶりに髪を切って、すごいさっぱりした。

髪の毛も軽くなって、頭もなんだかすっきりしてきた。


「そうだ。何か新しいものを得る時には、何かを捨てる覚悟をしなくてはいけない。」


ふいにそう思った。

準備という意味で、しなきゃいけないことは沢山あったけど、それは既存も新規もごちゃまぜの話であった。既存のものをちゃんと整理しないと、新規に入ってくるものはちゃんと根付かない。
それは今までもそうだったし。


こういう心境になったのは、とても久しぶり。
それこそ10年以上ぶり。

今まで私を支えてくれたもの、私が甘えてきたものに、さよならする時かな。
あくまで自分の心の問題だけなのだけど、縁がなければそれまでのこともあれば、逆にそこからさらに関係が変わっていくこともある。

大事なものは自然と残る。


今は整理の整理のときだ。
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by XXhousewife | 2010-08-07 01:23 | 独り言

つぶやき

人さまの貧血の悩みに乗せて、思わず婦人科系の恨み言をツイートしてしまいました。

この場を借りてお詫びいたします。

昨夜のうちに削除したと思ったものが削除されておりませんでした(汗)。



婦人科系の恨み言というのは、10代の頃よりずっと生理の時には腰痛、嘔吐、貧血に悩まされ、学校を休むこともしばしば。学校に行っても必ずといっていいほど保健室のお世話になるか、早退扱い。
そんな私に当時の大人たちは「病気じゃない」「子どもを産めば治る」と豪語していました。

その言葉を信じて生きてきた私ですが、結果は「子どもができねーじゃねーか!」ということでありました。それは決してたまたまではない。ケアをせず、ただひたすらあの激痛に我慢することで放置された私の子宮と卵巣に子どもを作る余力は残されてなかったんだと思います。ま、多少の不摂生の反省とともに…。
そして、不妊治療で通院する中で、"まずは子宮をきれいにしないとね"ということで受けた手術で、別に子どもは出来なかったけど、私の生理は驚くほど軽くなったのです。
今までは生理が始まれば月の半分は出血に悩まされ、腰痛と、ひどい時は嘔吐…。まるで使い物にならなかった私ですが、その手術をしてポリープをきれいにした途端に、20年以上28日周期でやってきては10日以上続いていた生理が、ぴったり4日で終わるように。生理痛も隔月ではありますが軽くなり、その時初めて私の長年の生理痛が原因があるものであり、治療をすればよくなる可能性があるものであったと分かりました。


ほんとにさ~、もうちょっとさ~、女性の身体を大事にしようよ~。
女性の身体をメンテナンスする視点で、婦人科の病院にはもう少し積極的なメッセージを発信して欲しいものです。


すぐ欧米と比較して自国の悪口を言うのは日本人の悪い癖だとは思いますが、実際10代女性の婦人科系受診率が20%に満たない、というのはあきません。(欧米は確か60%以上だったと…)
こんなストレスフルな現代社会で働く女性も増えている中で、女性の身体全体のバランスを司る子宮と卵巣が注目されるのが「子どもを産む時」だけだなんて。
未だに女性が子どもを産む道具として扱われている証拠と言っても過言ではない!
(別にフェミニストじゃないです。)

若い女性の生理痛とか貧血をもっと真剣に考えてよね。
生理は病気じゃないけど、あの痛みは異常だって…。

と、思います。
タイムマシンがあるなら、当時、保健室で寝てる私に、「病院行きなさい!T病院に神谷先生っていういい先生がいるからっ!(その頃なら多分先生はまだ勤務医)」って言います。

先生の腕が良かったことも確かかと。
うちの兄嫁も他の婦人科では決して見つけてもらえなかった原因が見つかり、それですごく楽になった、と言っていました。(兄嫁は本来不妊治療で神谷先生に受診したわけではないので。)



もし、お腹の子が女の子なら、女に生まれたことを誇りに思えるほどに、大事にしてあげよう…。
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by XXhousewife | 2010-07-16 16:51 | 独り言

線引き

おばあちゃんの通夜と葬儀は明日と明後日。

でも、うちの親、夫、そしてあちらの御親戚からもNGが出されてしまいました。

むふ~~…。

札幌から富川まで片道1時間半。
犬たちがいるので、私が一緒に行けば泊まりが出来ず、確かに夫も大変っちゃあ、大変。

それでも、行きたくて色々考えていましたが、多分背負わなくていいものまで背負おうとしているのかな、と思えば、ここは周囲の言うことを聞いて自重するべきなんだろうな。

どうしても行きたければ、葬儀だけ出席するために朝にJRに飛び乗ろうと思います。



義母や夫の家族のことを考えてしまいますが、多分私の口をはさむことではないのだろう、と。



正直、私には理解できません。

でも、それについて是非を問うてしまうと、批判が生まれるし、私は決してお義母さんの不幸を祈りたいわけではないので…。

「自分がすべきこと」を考えよう。


もし、行くとしても義母は関係なく、私の気持ちだけで決定しよう。


おばあちゃんにとって初孫だった夫の姉は、重度の障害を持って生まれ、最後までおねえの名前を口にしておばあちゃんはおねえを心配していたと言います。
また、色々自由で手前勝手に見える義母を、姉妹弟がいつもサポートしてくれるのは、やはりおねえの存在と、また誰よりも早く夫を亡くした義母を、おばあちゃんが不憫に思い大事にしていたからだとも思っています。信心深く、その口からは感謝の言葉ばかりで、可愛らしく笑う顔が夫にそっくりのおばあちゃんも、早くに夫に先立たれ、会うたびに、「じいさんが、俺の分まで生きろと言ったのよ」と自分の長生きはおじいさんのおかげだと感謝していました。

働き者の手は大きく骨がごつごつとしていたけれど、優しくてキレイな手でした。

どんなに頑張っても、ああは生きられないだろうなぁ、と思ってしまいます。
最後にああやって感謝と笑顔が残るのは、本当に素晴らしいことで、それは狙って出来ることではない、一生懸命に生きた結果だと思うので、俗物は俗物なりに頑張ってみようかな。


自分のことに専念すれば、他人の在り方はどんどん関係なくなっていくものだ。
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by XXhousewife | 2010-07-13 22:14 | 独り言

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